ピーターの法則-創造的無能のすすめ-

「組織は時と共に無能な人物で占有される。」
概要はこのへんから読める。


読んで理解してみれば極めて当たり前のことしか書いていないことがわかる。
しかし、読むまでは漠然と認識していても問題点がどこにあるかわからない。
そんな本。
前提となる公理は以下。

1.ある役職において優秀な仕事をする人物はいつか昇進する。
2.役職ごとに仕事で必要な能力は異なる。
3.役職は有限個しか用意されない。

この場合において、ある一人のプログラマーを仮定し注目してみた場合、

(1)プログラマーとして優秀なAはチームマネージャーに昇進する。
(2)Aがチームマネージメント能力に欠けた場合以降昇進せずに留まる。
  Aがチームマネージメント能力に秀でていた場合プロジェクトマネージャーに昇進する。
(3)Aがプロジェクトマネージメント能力に欠けた場合以降昇進せずに留まる。
  Aがプロジェクトマネージメント能力に秀でていた場合開発部長に昇進する。
(4)Aが外部折衝能力に欠けていた場合以降昇進せずに留まる。
  Aが外部折衝能力に秀でていた場合CTOに昇進する。
:  

という風に、昇進を繰り返すたびに必要な能力は変化し、その地位に見合った能力が無い場合、その地位で優秀な成績を残せないため、それ以降昇進することは出来なくなる。
この風潮は各個人に適合し、全員が無能レベルに到達するまで昇進が繰り返される。
ただし、役職は有限であることと各個人の上司が既に無能レベルに到達していた場合、昇進の歩留まりが発生し奇跡的に有能レベルで止まることもある。
これらの事から、おおよその場合において、充分時を経た組織の上部は無能レベルに到達した人間のみで構成され、その組織の仕事は有能レベルに留まっている人間によってのみなされていると言える。


ま、そりゃそうだわな。
適用職能が全く違う役職がピラミッド構成に線形的に結合されていることがそもそもの問題で、それぞれ専攻する職能において別々のヒエラルキーが形成される方が良いに決まってる。
「名選手、名監督ならず」じゃないけど、技術畑一直線のプログラマーにマネージャーやらせようっつーのが間違ってるわな。
給与体形を決定付けるヒエラルキーは技術者であれば技術の習熟度や知識の幅をもってなされるべきなんじゃねーかな。と思う今日この頃。


この本に共感を得るところの大部分が、最近管理職じみた仕事が増えてきたからだったりする。
はっきり言って人を管理することなんて俺にゃー向いてねーのよ。
と、つぶやいておこう。

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