人権擁護法案に関する文のなかには明らかな間違い、および極めて誤解を招きやすいミスリードが散見されますので記述しておきます。
3/20:追記
3/30:小倉氏のBLOGのコメント欄の指摘(流れ)を見て追記
参考:人権擁護法案(原文)

誤解:
人権擁護法案には0のような記述がない(あいまい)ため、恣意的にとらえて悪用される恐れがあります。

これが最も大きな誤解かと思います。事実私もこの部分を誤解していたため必要以上に危機感を感じ、煽る結果になっていました。
この誤解のポイントは法案に明示的に記されていないものでも決定していることはあるということでしょう。
現在の法理では、この法律を施行するに当たり、現行の様々な法律や各種の裁判によって認定された事実や法解釈に矛盾する解釈をすることはできません。(たぶん)
つまり、過去の法的資産に順ずる形でしかこの法案を運用することは(基本的には)不可能であって、即ち法案に併記されていないものであっても、暗黙的に併記されているものと考えなければならないと考えた方が良いと思います。
ここが法解釈の難しいところで、ある程度のボリュームをもって(理想的にはすべての)法律を正しく理解し、さらには過去数十年積み上げてきた裁判の記録を知り上げていないと正しく法律を解釈することができないわけです。
このような誤解により誤った解釈をしないためには、賛成、反対双方の意見を冷静に吟味することが重要かと思います。


誤解:
(1)人権委員会、人権擁護委員の勧告に従わない場合逮捕されます。
(2)人権擁護委員は礼状なしで立ち入り捜査や押収を行うことができる。
(3)人権委員会の立ち入り検査や押収を拒否すると刑罰(罰金刑)を受ける。

これは明らかに誤解しています。
まず人権擁護委員会の役割ですが、人権擁護法案(以下同法)には以下のように記されています。

第二十八条 人権擁護委員の職務は、次のとおりとする。
 一 人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発活動を行うこと。
 二 民間における人権擁護運動の推進に努めること。
 三 人権に関する相談に応ずること。
 四 人権侵害に関する情報を収集し、人権委員会に報告すること。
 五 第三十九条及び第四十一条の定めるところにより、人権侵害に関する調査及び人権侵害による被害の救済又は予防を図るための活動を行うこと。
 六 その他人権の擁護に努めること。
第三十九条 人権委員会は、人権侵害による被害の救済又は予防に関する職務を行うため必要があると認めるときは、必要な調査をすることができる。この場合においては、人権委員会は、関係行政機関に対し、資料又は情報の提供、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる。
2 人権委員会は、委員、事務局の職員又は人権擁護委員に、前項の調査を行わせることができる。
第四十一条 人権委員会は、人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、次に掲げる措置を講ずることができる。
 一 人権侵害による被害を受け、又は受けるおそれのある者及びその関係者(第三号において「被害者等」という。)に対し、必要な助言、関係行政機関又は関係のある公私の団体への紹介、法律扶助に関するあっせんその他の援助をすること。
 二 人権侵害を行い、若しくは行うおそれのある者又はこれを助長し、若しくは誘発する行為をする者及びその関係者(次号において「加害者等」という。)に対し、当該行為に関する説示、人権尊重の理念に関する啓発その他の指導をすること。
 三 被害者等と加害者等との関係の調整をすること。
 四 関係行政機関に対し、人権侵害の事実を通告すること。
 五 犯罪に該当すると思料される人権侵害について告発をすること。
2 人権委員会は、委員、事務局の職員又は人権擁護委員に、前項第一号から第四号までに規定する措置を講じさせることができる。

とあり、後述の特別救済手続を併せて見ると、人権擁護委員に被疑者の取調べや証拠の差し押さえなどの権限を付与していないことが明記されていますので(2)は完全な誤解であるとわかります。
(1)の人権擁護委員の部分に関しては同様に上記から誤解であるとわかります。
更に付け加えるなら、この条文の範囲において人権擁護委員が独断でできる事は皆無であることも分かるかと思います。
事項でも出てくるので第四十一条の各項について説明しておくと、

一:被害者に対し助言を行ったり、公私関係各所(弁護士や他の救済機関など)の紹介などを行う。(被害者に対する援助)
ニ:加害者に対し人権を守るよう説得、啓蒙を行う。
三:被害者、加害者間の仲裁を行う。
四:関係各行政機関に対し人権侵害の事実を通告できる。
五:該当内容が犯罪にあたると判断した場合は告発できる。

となっており、この時点では何の強制権も持ちません。
(1)の人権委員に関する部分と(3)は以下の条文を見ると

第四章 人権救済手続
第三節 特別救済手続
第四十二条 人権委員会は、次に掲げる人権侵害については、前条第一項に規定する措置のほか、次款から第四款までの定めるところにより、必要な措置を講ずることができる。ただし、第一号中第三条第一項第一号ハに規定する不当な差別的取扱い及び第二号中労働者に対する職場における不当な差別的言動等については、第六十三条の規定による措置に限る。
(筆者注:以下 一から五項までは条文を参考のこと)
第四十四条 人権委員会は、第四十二条第一項第一号から第三号までに規定する人権侵害(同項第一号中第三条第一項第一号ハに規定する不当な差別的取扱い及び第四十二条第一項第二号中労働者に対する職場における不当な差別的言動等を除く。)又は前条に規定する行為(以下この項において「当該人権侵害等」という。)に係る事件について必要な調査をするため、次に掲げる処分をすることができる。
 一 事件の関係者に出頭を求め、質問すること。
 二 当該人権侵害等に関係のある文書その他の物件の所持人に対し、その提出を求め、又は提出された文書その他の物件を留め置くこと。
 三 当該人権侵害等が現に行われ、又は行われた疑いがあると認める場所に立ち入り、文書その他の物件を検査し、又は関係者に質問すること。
2 人権委員会は、委員又は事務局の職員に、前項の処分を行わせることができる。
3 前項の規定により人権委員会の委員又は事務局の職員に立入検査をさせる場合においては、当該委員又は職員に身分を示す証明書を携帯させ、関係者に提示させなければならない。
4 第一項の規定による処分の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。
第七章 罰則
第八十八条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の過料に処する。
 一 正当な理由なく、第四十四条第一項第一号(第七十条又は第七十六条において準用する場合を含む。)の規定による処分に違反して出頭せず、又は陳述をしなかった者
 二 正当な理由なく、第四十四条第一項第二号(第七十条又は第七十六条において準用する場合を含む。)の規定による処分に違反して文書その他の物件を提出しなかった者
 三 正当な理由なく、第四十四条第一項第三号(第七十条又は第七十六条において準用する場合を含む。)の規定による処分に違反して立入検査を拒み、妨げ、又は忌避した者
 四 正当な理由なく、第五十一条(第七十一条第二項又は第七十七条第二項において準用する場合を含む。)の規定による出頭の求めに応じなかった者

(1)については第八十八条を見ると最大30万円の過料となっており、逮捕というのは完全な誤解であると言えます。
(3)は半分誤解で 、被疑者は第八十八条の各項から正当な理由をもってこれを拒否する権利があります。
何をもって正当な理由とするかの判断に不服がある場合、処分の差し止め訴訟を起こすこともできるようです(未確認)
3/20:BI@Kさんが明快な答えを出してくれました。ありがとうございました。人権用語法反対論批判リジョインダー4

高裁への即時抗告が可能というものです(非訟事件手続法第207条)。
高裁の判断について、法令の適用関係等がおかしい(=事実認定の争いではない)場合には、最高裁への特別抗告(違憲の疑い)・許可抗告(判例違反・法令違反の疑い)も可能ですので(民事訴訟法第336条第1項・第337条第1項(非訟事件手続法第25条で準用)。例えば昨年12月には、過料についての非訟事件手続法の適用について最高裁まで上がった実例もあります)、訴訟そのものではないにせよ、事実上訴訟に似た三審制が担保されています。

3/30追記:
(3)について、「人権委員会の立ち入り検査や押収を拒否すると刑罰(罰金刑)を受ける。」の刑罰と、この第八十八条の規定している過料の違い

まず、第八十八条における罰則の扱いですが、第四十四条四項に

第一項の規定による処分の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。

とあるため、これは刑事罰ではなく行政処分と考えなければならないようです。
これは即ち、(立ち入り検査などを)拒否した「罪」に対する罰ではなく、立ち入り検査などの行政に「協力する義務」を拒否した行政上の秩序罰であるということです。
つまり(3)の間違いは八十八条の過料を刑罰や罰金刑と記述することです。
このため、(3)と同じように第四十四条に従わなかった場合は犯罪であるというような記述も間違いであると言えます。

参考:
刑事罰と行政処分の違いは、端的には担当する法律の違いと言うことができます。
刑事罰の規定は刑法 刑事訴訟法に、行政処分の規定は行政手続法 行政訴訟法(真偽不明)などに定められています。
刑罰であれば「送検」「起訴」「裁判」をもって刑が確定し、抗告によって不服を申し立てることができます。
行政処分はいきなり処分が確定し、先の引用でWebMaster(BI@K)さんが書かれているような手続きで不服を申し立てることができます。
他には行政処分は犯罪では無いため、外国の入国審査やビザの発給などに影響を及ぼすことが(恐らく)無いという違いがあります。

よって、強制力を持ってむやみやたらと立ち入り検査や押収ができるとする記述は些かミスリードであると言えます。