洛書き帳:1905年、日本は朝鮮の外交権を奪った… /京都

 1905年、日本は朝鮮の外交権を奪った。
アジアの隣人との共生を拒み、支配と被支配の関係が始まった年から今年で100年になる
▼戦争の泥沼化につれ、植民地下の朝鮮では、朝鮮語は禁じられ、創氏改名が行われた。彼らを「日本人」に同化させることにしか、社会の姿を見出し得なかったのだ。
戦後60年。そんな社会のありようは変わったのか?
▼裁判官15人の最高裁大法廷は1月、東京都による外国籍者の管理職任用拒否を、13対2で肯定した。
「哀れな国ですね」。
記者会見で原告の女性は記者たちにつぶやいた。
彼女の言葉は、いまだに「共に生きること」を展望できないこの社会の問題点を鋭く、撃つ。
【中村一成】
毎日新聞 2005年3月15日
(改行のみ修正)

                      ____    、ミ川川川彡
                    /:::::::::::::::::::::::::”””’-ミ       彡
                   //, -‐―、:::::::::::::::::::::三  ギ  そ  三
            ___    巛/    \::::::::::::::::三.  ャ  れ  三
        _-=三三三ミミ、.//!       l、:::::::::::::三  グ  は  三
     ==三= ̄      《|ll|ニヽ l∠三,,`\\::三  で       三
        /              |||””》 ””└┴‐` `ヽ三   言  ひ  三
         !             | /          三   っ  ょ  三
       |‐-、:::、∠三”`    | ヽ=     U   三.  て   っ  三
       |””》 ””└┴`       | ゝ―-        三  る  と  三
       | /           ヽ ””        ,. 三   の   し  三
        | ヽ=   、    U    lヽ、___,,,…-‐””  三   か  て  三
.        | ゝ―-‘′          |  |::::::::::::_,,,…-‐'”三  !?    三
          ヽ ””        ,.    | | ̄ ̄ ̄      彡      ミ
        ヽ、___,,,…-‐””  ,,..-”’~             彡川川川ミ
          厂|  厂‐”’~      〇
        | ̄\| /


当時の世界情勢を鑑みた場合、強い国が弱い国を植民地化することは当然の理であり、現在の世界認識を持って当時の政策を非難する愚をまず恥じなければならないでしょう。
もしも、そのような政策を非難するのであれば、商業権やある程度の(主に地方)自治を認めた緩い植民地化政策(いわゆる併合政策)を取った日本政府よりも、完全な植民地化を推し進めた西欧各国(イギリス、フランス、オランダ、スペイン等)を日本よりも強く非難しなければならないはずです。
一番の間違いは以下の
戦争の泥沼化につれ、植民地下の朝鮮では、朝鮮語は禁じられ、創氏改名が行われた。彼らを「日本人」に同化させることにしか、社会の姿を見出し得なかったのだ。
の部分でしょう。
創氏改名はそもそも申請制で、申請をしなければ改名する必要も無かったことが以下からわかるはずだ。

朝鮮人ノ氏ノ設定ニ伴フ届出及戸籍ノ記載手続ニ関スル件(昭和14年朝鮮総督府令第221号)

第一条 氏ノ設定ニ伴フ届出及戸籍ノ記載手続ニ付テハ本令ニ定ムルモノノ外朝鮮戸籍令ノ規定ニ依ル
氏の設定に伴った届出と戸籍の記載手続きは本令と朝鮮戸籍令によりまっせ。
第二条 氏ノ届出ハ書面ヲ以テ之ヲ為スベシ
申請は口頭じゃなくて書面でおねがい。
2 届書ニハ左ノ事項ヲ記載スベシ
届出には次のことを書いてね。
 一 戸主ノ姓名、出生ノ年月日、本籍及職業
 二 氏
第三条 昭和十四年制令第十九号附則第三項ノ規定ニ依リ戸主又ハ前男戸主ノ姓ヲ以テ氏トシタルトキハ戸籍ノ記載ハ訂正セラレタルモノト看做ス但シ更正スルコトヲ妨ゲズ
昭和14年政令第19号の附則第3項の規定から世帯主もしくは前代の男性世帯主の姓を氏とするときは、戸籍の記載を訂正済みと考えますよ。でも変更したかったら重ねて変更してもおっけー。
2 戸籍ノ記載事項中家ヲ異ニスル者ノ氏定マリタルトキ亦前項ニ同ジ
戸籍の記載事項で家を出てる者の氏が決まったときも前項と一緒。
(赤字は筆者訳)

朝鮮人ノ氏名変更ニ関スル件(昭和14年朝鮮総督府令第222号)

第一条 氏名ノ変更ヲ為サントスル者ハ其ノ本籍地又ハ住所地ヲ管轄スル裁判所ニ申請シテ許可ヲ受クベシ
氏名を変更したい者は本籍または住所地の所轄裁判所に申請して許可を得てね。
2 不許可ノ裁判ニ対シテハ不服ヲ申立ツルコトヲ得ズ
不許可が出ても不服申し立ては勘弁してね。
第二条 許可ノ申請ハ書面ヲ以テ之ヲ為スベシ
申請は口頭じゃなくて書面でおねがい。
2 申請書ニハ左ノ事項ヲ記載シ戸籍謄本ヲ添附スベシ
そのときは次の事を記載して戸籍謄本と一緒に出してね。
 一 本籍、住所、氏名、出生ノ年月日及職業
 二 変更セントスル氏名
 三 変更ノ理由
第三条 許可ノ申請ヲ為スニハ手数料トシテ五十銭ヲ納付スルコトヲ要ス
申請手数料は50銭ですよ。
2 前項ノ手数料ハ収入印紙ヲ以テ之ヲ納ムベシ
手数料は収入印紙で収めてね。
(赤字は筆者訳)

当時の時代背景などは「創氏改名とは」が詳しい。
強制でなかったという証左に、朝鮮名のまま国会議員を務めた朴 春琴の例などがある。
自分で申請したものに不服を申し立てるって考えが全く理解できないわけですが、それがウリナラクオリティ。
朝鮮語が禁止されていたなどは不勉強の極み。
植民地統治の検証より

しかし、日本人が朝鮮で教育を普及させたことを認めたとしても、その教有の目的は、「愚民教育」にあると主張するものも少なくない。なんと非論理的な、ただの言いがかりであろうか。儒教文化圏の愚民政策社会に教育を普及させたのは、日本の教育熱であることを忘れてはならない。それは論理で論じられるものではなく、数字で語られなければならない問題でもある。
朝鮮語は、東北、西北、中都、西南、東方、済州島の六つの大方言区分に分かれ、李朝時代には、言語的にはけっして統一されてはいなかった。そこで、朝鮮総督府は、朝鮮語を体系化したのだ。両班は漢文・漢語を中心に、諺文(おんもん)、諺語を排斥、軽蔑していた。ソウル語を標準語として、漢字、ハングル混じりの文章を体系化したのは、統監政治以後の日本人言語学者と教育学者を中心とする専門家の努力によるものだ。

これなんてギャグ?
これが毎日クオリティ?
と、思って検索してみたらやけに左巻きな記事がもりもりと。
( ´_ゝ`)

このエントリをつぶやくこのWebページのtweets このエントリーを含むはてなブックマークはてなブックマーク - 毎日新聞のステキなギャグ