2005年04月14日

[人権擁護法案] 擁護法と萎縮効果

先のエントリに対するガクさんのお答えがありましたので、もうちょっと踏み込んでいってみようと思います。

(なんか初めて正しいトラックバックの使い方してるなぁ(笑))

これまでの経緯を知らない方はこちらからご覧になることをオススメします。

いや、ガクさんのご心配のように、一時的に「言論の萎縮」はおこるかもしれない。それはそうかもしれんなと思います。

しかし、仮にそうなったとしても、運用していくうちに慣れていって、今までと同じようにもとに戻っていくだろうと考えるほうが、より現実的ではないでしょうか。
(若隠居さん)

人権擁護法が施工された後、慣れと言うのは絶対出てくるでしょう。それはそう思います。
が、一体何に慣れるのか?という疑問があるんですよね。
結局萎縮、自縄自縛してる状態が当然になり、そもそもネットで扱われる情報の幅が狭くなった事に慣れるって事になりかねないんじゃないでしょうか。
人間て結構面倒臭いことはやらない方向で状況に適応するもんだと思うのですw

そうです。
そこは全くもってその通りなんですが、私はその後に今の状態に戻るんじゃないかなと思います。

時期に関しては全く私の想像以上のものではありませんが、法律施行後の2-3ヶ月ぐらいは先に1とした現在の無関心層と、4としたネガティブイメージを受けすぎた層はガクさんの仰るように萎縮状態になるかと思います。
その中で、徐々にその状況に慣れて行きますが、言いたいことが今までのように言えないストレスが徐々に蓄積していくのではないでしょうか。

その時期も、2で挙げたポジネガ両方を理解している層と、3で挙げたポジティブイメージを受けた層は今までと同じように発言をしているわけです。
言われているような言論弾圧なんて無いと、ある意味タカをくくってますから。

で、半年もすれば弾圧なんて起こっていないという事実が徐々に浸透していくでしょうからストレスを感じた方から元のように発言をされるようになり、丸一年もすれば今とさほど変わらない、明確なヘイトスピーチだけが無くなった言論になるのと思います。

まぁ、我ながら些か楽観論すぎるかなとは思いますが(笑)


後、覚悟とか責任の話(*1)ですが、少し違いまして。
親や学校の先生は個人の信念に基づいて自身の責任でお小言を言うので反論、無視その他が可能であるとイメージ可能です。
しかし、国家機関や法律という下駄を履かされた相手のお小言は反論、無視その他をすることが心理的にはばかられますよね。

親の言うことに反論できても、警察官の職務質問―例えば手順が法にそぐわなかったとして―に反論その他を堂々と出来る人が世の中にそんなにいるとは思えないって事です。

なるほど、納得しました。
ガクさんの仰ってた責任と覚悟はお説教を受ける側の事を言っておられたわけですね。
確かにその通りだ。

確かにその通りなんですが、ガクさんが例で挙げられた警察官で言うなら、スピード違反で捕まったりするとちょっとお小言貰うと思うんですが、(私も含めて)捕まった方ってそれほど何か感じる訳でもなく、せいぜい1年か2年気をつけようって思うぐらいだと思うんですよね。
それとさほど変わらないんじゃないですかねぇ。と思います。


*1 先のエントリでの私の発言部分です。

ガクさんは人権委員なり擁護委員なりの「個人としての」覚悟とか責任のことを仰っているのかなと思うわけですが合ってますでしょうか?

ここは合ってると仮定した上での話しとなりますが、
ココカラ→「これに関して委員や擁護委員個人の資質に期待するとしか言いようがありません。全くもって性善説であるとの謗りを免れないわけですが。」←ココマデ


投稿者 和尚 : 2005年04月14日 22:44 | トラックバック
コメント

ども、度々とりあげていただいて有難う御座います。
さっき此処読む前に若隠居さんとこにお礼コメントつけたので、本来トラックバックで先にお返事申し上げるべきでしょうが先に此方でお礼だけ申し上げておきますw
後ほどTBします。

草々。

Posted by: ガク@ATMPC : 2005年04月15日 00:16

ご丁寧にありがとうございます。
だんだんと文章量が少なくなってきましたので、コメントでも事足りそうですが、トラックバックでの議論が楽しくて仕方ないので(笑)もう少々お付き合いくださいませ。

Posted by: 和尚 : 2005年04月15日 00:56
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